今日は、通所生の学校の先生がわざわざ相談室に見学に来てくれました。なかなか最近の先生方はお忙しいので民間の療育機関までいらっしゃることはあまりないのですが、ありがたいことです。連携に大事なのは、やはりまず顔合わせなんですね。
学校との連携が叫ばれていますが、なかなか実際には難しいところがあって、うちのようなマイナーな相談室は電話の時点で門前払い、なんてこともありましたっけ(うちの力量も足りなかったのですが・・・)。
だけど以前と比べると、今の方がはるかに風通しが良いように思います。もちろん人間のやることですからいろいろなことがありますが、今の方が問題意識の高い先生が増えてきている気がします。だからこそ、理解のある先生とどちらかというと理解の足りない先生とのコントラストがよりはっきりしてきたようにも思います。いずれにしても、学校の先生にとっては大変な時代ですね。
僕の親父が教員だったこともあり、昔は「先生」に対して無条件に嫌悪する時期もあって、「先生なんてよばれる職業には就かない!」と公言していたものですが、なんの縁だか今頃になって「せんせい」と呼ばれる立場となりました(個人的にはまだ馴染みませんが)。
もうかつてのように先生を毛嫌いすることはありませんので、どうぞ学校の先生方、仲良くしましょうね。
だけど、なんやかんやと外部だからといって学校に入れてくれなかったら、文科省が作成した「個別の教育支援計画」を盾に乗り込んでいきますよ!
なんてね。
(もちろん冗談ですよ。小心者のムカイはそんなことしませんので、仲良くしましょうね。)
2008年7月13日日曜日
類は友を呼ぶ〜最近のまとめログ〜

本当に久しぶりの更新となりました。最近は夏に向けてのいろいろな準備など、ちょっと気持ちに余裕がなく、ブログから遠ざかっていました。また少しずつ書き足していきたいと思います。
今、うちの相談室では夏の合宿(発達障害のある子どもとのキャンプ)の準備が進んでいます。このキャンプにはたくさんの人手が必要なのですが、ほとんどがボランティアです。長年うちの相談室に関わってくれているボランティアさんもいますが(スタッフ顔負け)、最近の合宿の傾向として初めてのボランティアさんが増えています。
しかしそれはたまたまではありません。意図をもってそうなってきているのです。
というのも、発達障害についての理解者を一人でも増やしていきたい、という思いがあるからです。
なので、ボランティア募集は「初心者大歓迎」なのです。
しかし初心者だからといって手抜き(?)はしません。かならず相談室を見学してもらい実際のかかわり方や様子を見てもらう、そして事前のミーティングでしっかりと担当する子どもの個性と特性を理解してもらう、この2点を重視しています。こうして多くのボランティアさんが子ども達とかかわり、地域に理解者がどんどん増えていくことを願っています。
それにしても毎回思うのですが、とてもしっかりした動機付けの高いボランティアさんがいつもちゃんと集まってくるのです。不思議といえば不思議なことです。金銭的なインセンティブのない仕事なので、みんな率先して集まってくる。すばらしいことです。
ボランティアさんだけではありません。先日そのボランティアでの事前ミーティングの時に、子ども達の歯の管理について、加賀谷歯科医院の加賀谷先生がわざわざ説明に来てくださったのです。
加賀谷先生はその前にも、スタッフ向けに障害のある子ども達にとって歯の管理がいかに大事か、レクチャーしていただきました。加賀谷先生とは、以前先生が歯磨き講習会でうちの施設にいらしたときにお会いしたのですが、初めておはなししたときにすぐ、「この先生とはウマが合う」と直感したのでした。いらい、何かの折に、ぜひ一度先生をうちの相談室にもお呼びしたいと思っていました。
こうして実現した加賀谷先生直伝の歯の管理についての講習会。歯磨きの実習までしていただき、本当によい勉強になりました。
また、驚いたのが、僕の感覚と先生の感覚がとても近いということです。先生がおっしゃっていて特に印象に残ったのが、「歯磨きが苦手だからといって、さけてばかりでは後で大変なことになってしまう。そこをいかに抵抗なくやってもらうかがプロ」ということです。これは療育の考え方に通じるところがあります。嫌なことを無理矢理でなく、かといって引いてばかりでもなく、やはり基本は相手をいかに理解してその人にあったやり方であせらず、だけどあきらめず関わり続けるということが大事なのだと言うことですね。その意味で僕と全く同じ姿勢の先生に出会えてとてもうれしかったです。
そして、加賀谷先生だけでなく、すてきな出会いがありました。
以前、このブログでもご紹介した、翻訳家の新宅美樹さんが相談室の見学にいらっしゃいました。お仕事の関係で東京にいらしているときにわざわざ来ていただいたのですが、本当にありがたいことです。
新宅さんは「自閉症の兄とともに」という本を翻訳されたのですが、お知り合いに自閉症のお子さんがいたりと、とても穏やかな雰囲気の方なのですが、真剣にこの子たちのことを考えているパッションが伝わってきます。さらに、とても聞き上手な方だったのでかなり盛り上がってしまいました。時間ぎりぎりまで見学していただき、子ども達へのおやつまでいただきました(偏食の強い子がペロっと食べたときには本当におどろきました)。
こうしていろいろな方と出会っていく中で、やっぱり類は友を呼ぶというか、めぐまれているなと思います。このような出会いに感謝しつつ、これからも頑張っていこうと思います。
2008年6月26日木曜日
「音符と昆布」の井上春生監督と出会う
「音符と昆布」という映画をご存じですか?
「音符と昆布」は「生きにくさ」をかかえる姉妹の物語で、姉役の池脇千鶴さんはアスペルガー症候群のある女性として登場します。つまり、「レインマン」「モーツアルトとクジラ」「マラソン」と並んで、日本人のクリエーターによる初の自閉症スペクトラムについての映画なのです。
アスペルガー症候群の女性が出てくる映画、ということで僕もすぐに観たかったのですが、1歳の双子がいると映画館は無理・・・。結局、映画館で観ることができなくて、いつか絶対に観るぞと心に決めていたのです。
しかし、人生は偶然で成り立っているというか、本当に不思議な出会いがあるのです。親御さんに「音符と昆布」の監督をされた井上春生さんと繋がりのある方がいらっしゃって、これはひょっとすると一緒に上映会ができるかもと思い、お声をかけさせてもらったところ、先日監督さんとお会いすることができたのです!!
実は井上監督には自閉症の息子さんがいらっしゃいます。息子さんとのエピソードをいろいろ伺っていくなかで、「トンネルの先にある小さな灯りになりたい」という言葉がとても印象的でした。
映像に携わるものとしてこの子達のために何ができるだろう?と考えたとき、単にインフラ(病院や施設など)を作るのではなく、暗いトンネルの先にある希望のようなもの、あるいは半歩でも前向きになれるようなものを作ることができないか・・・
それが小さな灯りである「音符と昆布」だったのです。
僕としても、うちの相談室が目指すところ、なぜ監督に声をかけさせてもらったのかをつたないながらも精一杯説明させていただきました。もっともっと多くの方に、自閉症スペクトラムについて、本人と家族の生きにくさについて、知ってもらいたいと。そのために、ぜひ監督と一緒に「音符と昆布」のトークショー&上映会を行いたいとお話ししたところ、井上監督は快く引き受けていただけたのです!!
まだ具体的な日程は未定ですが、これから青写真を作っていきたいと思います。今からすごくわくわくしています。ぜひ「音符と昆布」の上映会を開いて、多くの方々に自閉症スペクトラムについて知ってもらいたいと思います。詳細はまたブログでお知らせしますね。楽しみにしていてください。
「音符と昆布」は「生きにくさ」をかかえる姉妹の物語で、姉役の池脇千鶴さんはアスペルガー症候群のある女性として登場します。つまり、「レインマン」「モーツアルトとクジラ」「マラソン」と並んで、日本人のクリエーターによる初の自閉症スペクトラムについての映画なのです。
アスペルガー症候群の女性が出てくる映画、ということで僕もすぐに観たかったのですが、1歳の双子がいると映画館は無理・・・。結局、映画館で観ることができなくて、いつか絶対に観るぞと心に決めていたのです。
しかし、人生は偶然で成り立っているというか、本当に不思議な出会いがあるのです。親御さんに「音符と昆布」の監督をされた井上春生さんと繋がりのある方がいらっしゃって、これはひょっとすると一緒に上映会ができるかもと思い、お声をかけさせてもらったところ、先日監督さんとお会いすることができたのです!!
実は井上監督には自閉症の息子さんがいらっしゃいます。息子さんとのエピソードをいろいろ伺っていくなかで、「トンネルの先にある小さな灯りになりたい」という言葉がとても印象的でした。
映像に携わるものとしてこの子達のために何ができるだろう?と考えたとき、単にインフラ(病院や施設など)を作るのではなく、暗いトンネルの先にある希望のようなもの、あるいは半歩でも前向きになれるようなものを作ることができないか・・・
それが小さな灯りである「音符と昆布」だったのです。
僕としても、うちの相談室が目指すところ、なぜ監督に声をかけさせてもらったのかをつたないながらも精一杯説明させていただきました。もっともっと多くの方に、自閉症スペクトラムについて、本人と家族の生きにくさについて、知ってもらいたいと。そのために、ぜひ監督と一緒に「音符と昆布」のトークショー&上映会を行いたいとお話ししたところ、井上監督は快く引き受けていただけたのです!!
まだ具体的な日程は未定ですが、これから青写真を作っていきたいと思います。今からすごくわくわくしています。ぜひ「音符と昆布」の上映会を開いて、多くの方々に自閉症スペクトラムについて知ってもらいたいと思います。詳細はまたブログでお知らせしますね。楽しみにしていてください。
2008年6月23日月曜日
障害のある子ども達の放課後活動が危機に直面しています(怒りのあまり長文!)
日曜日は放課後連・東京の学習会に行ってきました。自立支援法や児童福祉法が改正される今年は障害のある子どもの放課後活動にとっても変革の年ということで、日曜日でしかも雨でしたが140人以上の方々が参加され、関心の高さが伺えました。
今年の学習会は放課後活動の実践報告だけでなく、足立区福祉事務所の二見清一氏をお呼びして「障害者自立支援法と放課後活動」という分科会も開かれました。個人的にはこの話をメインに来たのですが、結論としてはあまり将来に期待できない話となりました。
現在の障害のある子ども達の放課後活動について簡単にまとめてみると、かつては厚労省のモデル事業として「障害児タイムケア事業」や支援費制度の「児童デイサービス」が障害のある子どもの放課後の受け皿になっていました。そこではしっかりと「国の責任のもとに」子ども達の放課後の居場所が保証されていたのです。
しかし、2006年度に障害者自立支援法が始まり状況は一転します。自立支援法での「児童デイサービス」は幼児の「療育」がメインとなり、小学生が3割以上いる事業所の補助金が大幅にカットされました。さらに問題なのが、この放課後タイプの児童デイサービスが「経過措置」とされ近々廃止されることも決定してしまっているのです。厚労省の考え方では、幼児期は児童デイサービスで療育を受け、その後小学生以降はタイムケアを引き継いだとされる(しかし実際は別物の)「日中一時支援事業」でやりなさい、ということだったのです。
とすると「日中一時」がとても重要になるのですがこの事業がまたおそまつで(だんだんと表現が悪くなってきた・・・)、歳出削減を目指す厚労省はあろうことか国の責任でおこなう事業を「児童デイサービス」だけ残し(しかも対象は幼児だけ)、日中一時支援事業は市区町村管轄にして責任放棄しただけでなく、市区町村の選択事業にしてしまったのです。
それでどういうことになったかというと、財源の少ない市区町村が出せる補助金には限界があるわけで、事業所に十分な運営費がいかなくなりました。また選択事業のため日中一時をそもそも実施しない自治体も少なくなく(実際に日中一時支援事業を実施している市区町村は7割くらいだそうです)、障害のある子ども達の放課後保証は「市区町村のやる気次第」になってしまったのです。障害のあるお子さんをもつ親御さん達は、こんな状態で安心して放課後に子どもを預けることができるでしょうか?
それでも現場では、職員がワーキングプアになりながらも必死になって子ども達とかかわっています。実践報告を聞いていると、涙がでそうです。そこには、恵まれない環境のなかでも子ども達のことを第一に考え、正面から受け止めようともがき続ける放課後活動の現場があります。
親御さんの負担も相当なものです。私たちの相談室にも2時間かけて相談室までやってきて2時間すごし、また2時間かけて帰って行く方がいらっしゃいますが、それだけ地元に安心して預けられる場がないのです。
こんな現状を知って知らずか、厚労省の「障害児支援の見直しに関する検討会」でも「学齢期・青年期の支援策」というかたちでざっくり検討されています。聴いた人の話によると、はっきり言って「いい放し」ということでした。それでも7月中には報告書が出て、それを元に秋の国会に向けて自立支援法の改正案が作られるわけです。障害のある子ども達の放課後活動が、ボク達の知らないところでどんどん訳の分からない方向にねじ曲げられつつあるのです。こんな状態でいいのでしょうか?
今日の学習会で全国放課後連と放課後連・東京の署名用紙をいただいてきました。おそらく今後ホームページにアップされるでしょう(アップされればこちらでもお知らせします)。まずはできるところから活動していかないといけません。しかしあまり時間はない・・・。みなさん!どんなきっかけでもいいから障害児の放課後活動に関心をもっていただき、ボク達の活動をご支援ください!!よろしくお願いします。
今、本当にピンチなんです!
今年の学習会は放課後活動の実践報告だけでなく、足立区福祉事務所の二見清一氏をお呼びして「障害者自立支援法と放課後活動」という分科会も開かれました。個人的にはこの話をメインに来たのですが、結論としてはあまり将来に期待できない話となりました。
現在の障害のある子ども達の放課後活動について簡単にまとめてみると、かつては厚労省のモデル事業として「障害児タイムケア事業」や支援費制度の「児童デイサービス」が障害のある子どもの放課後の受け皿になっていました。そこではしっかりと「国の責任のもとに」子ども達の放課後の居場所が保証されていたのです。
しかし、2006年度に障害者自立支援法が始まり状況は一転します。自立支援法での「児童デイサービス」は幼児の「療育」がメインとなり、小学生が3割以上いる事業所の補助金が大幅にカットされました。さらに問題なのが、この放課後タイプの児童デイサービスが「経過措置」とされ近々廃止されることも決定してしまっているのです。厚労省の考え方では、幼児期は児童デイサービスで療育を受け、その後小学生以降はタイムケアを引き継いだとされる(しかし実際は別物の)「日中一時支援事業」でやりなさい、ということだったのです。
とすると「日中一時」がとても重要になるのですがこの事業がまたおそまつで(だんだんと表現が悪くなってきた・・・)、歳出削減を目指す厚労省はあろうことか国の責任でおこなう事業を「児童デイサービス」だけ残し(しかも対象は幼児だけ)、日中一時支援事業は市区町村管轄にして責任放棄しただけでなく、市区町村の選択事業にしてしまったのです。
それでどういうことになったかというと、財源の少ない市区町村が出せる補助金には限界があるわけで、事業所に十分な運営費がいかなくなりました。また選択事業のため日中一時をそもそも実施しない自治体も少なくなく(実際に日中一時支援事業を実施している市区町村は7割くらいだそうです)、障害のある子ども達の放課後保証は「市区町村のやる気次第」になってしまったのです。障害のあるお子さんをもつ親御さん達は、こんな状態で安心して放課後に子どもを預けることができるでしょうか?
それでも現場では、職員がワーキングプアになりながらも必死になって子ども達とかかわっています。実践報告を聞いていると、涙がでそうです。そこには、恵まれない環境のなかでも子ども達のことを第一に考え、正面から受け止めようともがき続ける放課後活動の現場があります。
親御さんの負担も相当なものです。私たちの相談室にも2時間かけて相談室までやってきて2時間すごし、また2時間かけて帰って行く方がいらっしゃいますが、それだけ地元に安心して預けられる場がないのです。
こんな現状を知って知らずか、厚労省の「障害児支援の見直しに関する検討会」でも「学齢期・青年期の支援策」というかたちでざっくり検討されています。聴いた人の話によると、はっきり言って「いい放し」ということでした。それでも7月中には報告書が出て、それを元に秋の国会に向けて自立支援法の改正案が作られるわけです。障害のある子ども達の放課後活動が、ボク達の知らないところでどんどん訳の分からない方向にねじ曲げられつつあるのです。こんな状態でいいのでしょうか?
今日の学習会で全国放課後連と放課後連・東京の署名用紙をいただいてきました。おそらく今後ホームページにアップされるでしょう(アップされればこちらでもお知らせします)。まずはできるところから活動していかないといけません。しかしあまり時間はない・・・。みなさん!どんなきっかけでもいいから障害児の放課後活動に関心をもっていただき、ボク達の活動をご支援ください!!よろしくお願いします。
今、本当にピンチなんです!
2008年6月19日木曜日
Firefox3とマイノリティーの哲学
はっきり言います。
ボクはマイノリティーが大好きです!
(だからどうした、なんて言わないでね)
パソコンはMacだし、通勤手段はロードレーサーだし、ケイタイはソフトバンクだし、人生の歩み方だってかなりマイナーというか、裏道を通ってきたし。神様もボクの傾向を知ってか知らずか、授かった子どもは双子だし。ちょいと他とは違います。ほっておくと、どんどん他の人からズレてくるのです(こんなボクのそばにいる人は大変だと思いますが・・・)
そんな左巻きなムカイが愛するブラウザは、もちろんFirefox!まあFirefoxも人気がでてきて、必ずしもマイナーといえないかもしれませんが、それでもIEよりはぜんぜんシェアが少ないです。
それでもなぜ使うか?といえば、やはり使いやすいから。
特に今のボクの情報管理はGoogleを中心にしているので、Googleのサービスを高速でフルに使おうとすれば、おのずとFirefoxがもっとも合理的な選択肢となるわけです。
ちなみに、大多数でいることは簡単です。なぜなら何もする必要がないからですね。マイノリティーをわざわざ選択するためには、そこに「哲学」が必要となります。
発達障害も社会的にみればマイノリティーになりますが、ボクが発達障害の世界に関わろうとしたのも、そこに「哲学」があったからだと思います。
発達障害の「哲学」とは、ボクの考えは「違いを認める」ということになるのかなと思います(注:違いを受け入れるのとは違います)。
違っててもいい、違いを隠す必要はないし、大多数であることを強要される必要はない。違いを「受け入れる」ことは大変だし必ずしも受容が必要ではないけど、少なくとも違いを「認める(知る)」ことで開ける世界がある・・・そんな哲学が発達障害にはあるように感じます。
Firefoxから随分と想像力が跳びすぎましたが、「違っててもいい!」と思える人には超お勧めですよ。ぜひダウンロードしてください。
ボクはマイノリティーが大好きです!
(だからどうした、なんて言わないでね)
パソコンはMacだし、通勤手段はロードレーサーだし、ケイタイはソフトバンクだし、人生の歩み方だってかなりマイナーというか、裏道を通ってきたし。神様もボクの傾向を知ってか知らずか、授かった子どもは双子だし。ちょいと他とは違います。ほっておくと、どんどん他の人からズレてくるのです(こんなボクのそばにいる人は大変だと思いますが・・・)
そんな左巻きなムカイが愛するブラウザは、もちろんFirefox!まあFirefoxも人気がでてきて、必ずしもマイナーといえないかもしれませんが、それでもIEよりはぜんぜんシェアが少ないです。
それでもなぜ使うか?といえば、やはり使いやすいから。
特に今のボクの情報管理はGoogleを中心にしているので、Googleのサービスを高速でフルに使おうとすれば、おのずとFirefoxがもっとも合理的な選択肢となるわけです。
ちなみに、大多数でいることは簡単です。なぜなら何もする必要がないからですね。マイノリティーをわざわざ選択するためには、そこに「哲学」が必要となります。
発達障害も社会的にみればマイノリティーになりますが、ボクが発達障害の世界に関わろうとしたのも、そこに「哲学」があったからだと思います。
発達障害の「哲学」とは、ボクの考えは「違いを認める」ということになるのかなと思います(注:違いを受け入れるのとは違います)。
違っててもいい、違いを隠す必要はないし、大多数であることを強要される必要はない。違いを「受け入れる」ことは大変だし必ずしも受容が必要ではないけど、少なくとも違いを「認める(知る)」ことで開ける世界がある・・・そんな哲学が発達障害にはあるように感じます。
Firefoxから随分と想像力が跳びすぎましたが、「違っててもいい!」と思える人には超お勧めですよ。ぜひダウンロードしてください。
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